仏様が鎮座

『清らかな求め(因)→ 精進 → 功徳を積む → 因縁 → 真如の覚知(内的法悦) → 精進 → 功徳を積む → 因縁 → ルーパの脱落 (→ 因縁 → 智慧のメカニズムの覚知) → 法悦(因縁) → 普遍的慈悲、智慧の確立 』


上記の「真如の覚知」は、慈悲の一時的な覚知で、永続的ではなく、ランダムに門が開くことをいい、それだけでは(ナーマ・)ルーパの脱落には至っていない。一方「普遍的慈悲の確立」は、ナーマ・ルーパの脱落後、門が開いて、そこに仏様が鎮座しているのを知見している。


こうなると、衆生ではなくなります。


※予定より2年早まったわけだが、今のまま、少しづつ(実生活を)シフトしていくのがいいだろう。