慈悲と智慧7


前回の文章だけでは、解り難いかもしれないから、
その前文を紹介しましょう。

『私がこうだとか、そうだとか感じるということは、
その時の色法、名法の細かな部分である感覚や思考によって騙されている、
或は、これらのもので幻想を作り上げているのである。
このように騙されている状態にあるときは、間違った思考を立て、
その時に自我だと固執するものの力に従って、
考えたり見たり感じたり行なうことに引きずり込まれる。』

上記を読んで、
「その流れの構成要素である各種の色法、名法が」という真意がわかれば、
そうとう仏典を深読みできる力がある。
そして、
「そのものの実相に応じて、生じ、滅していることを観る。」を経験できているなら、
観がそうとう深まっている。

これらの2つの紹介文を読んで、すぐに納得できるなら、
仏典のどのようなコトバにであっても、スラスラと理解できるでしょう。(1/27)