イメージ(識)の世界25


●身体を壊り、表象作用と感受作用とを静めて、識別作用を滅ぼすことができたなら、苦しみが終滅すると説かれる。(ウダーナヴァルガ)

上記を頭に入れて、次のブッダのことば(ウダーナヴァルガ)を読むと判りよい。

●見られたことは見られただけのものであると知り、聞かれたことは、聞かれただけのものであると知り、考えられたことはまた同様に考えられただけのものであると知り、また識別されたことは識別されただけのものであると知ったならば、苦しみが終滅すると説かれる。

次の説明も大切な教えですね。

●「苦しみ」と「苦しみの原因」と「苦しみの止滅」と「それに至る道」をさとった人は一切の悪から離脱する。それが苦しみの終滅であると説かれる。

●それ(※)の出離であって、思考の及ばない静かな境地は、苦しみのことがらの止滅であり、つくるはたらきの静まった安楽である。

※生じたもの、有ったもの、起ったもの、作られたもの、形成されたもの、常住ならざるもの、老いと死との集積、虚妄なるもので壊れるもの、食物の原因から生じたもの

次は圧巻です。

●そこには、すでに有ったものが存在せず、虚空も無く、識別作用もなく、太陽も存在せず、月も存在しないところのその境地を、わたしはよく知っている。

ブッダは覚った後も、肉体をもって太陽のある世界で生きていたのですから、、上記はその境地の体験のことではないかな。

であるならば、「識別作用の止滅」についても、なにがしか判ることがあるように思う。

ここで、もう一度、スッタニパータの

「識別作用が止滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、この名称と形態とが滅びる(1037)」

を眺めれば、某かの一条の光が見える方もおられるかもしれない。。。。(4/7)